私の日常のできごと

反出生主義者がなぜ子どもを産むことを考え始めたか。9つの理由。

ちゅうさん
ちゅうさん

こんにちは、ちゅうさんです。

年々少子化が加速しており、DINKSと呼ばれる、共働き計画子なし夫婦も増えてきました。

我が家も私が子どもを持ちたくないという理由から、子なしの人生計画を練っていました。

しかし、最近その想いが変わってきました。

その理由を紹介します。

今、子どもを持とうか考えている人の参考になれば幸いです。

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過去に子どもを持たないと決めていた理由

過去に子どもを持たないと決めていた理由については以下のブログで紹介しています。

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子どもを産むことを考え始めた9つの理由

反出生主義という思想

これまで私は「こんないじめばかりで景気も悪くなる社会に産むなんて子どもが不幸になる」と想っていました。しかしこの考えは「反出生主義」という思想でした。

もうこの考えが絶対的に正しく、世の摂理だと決めつけて生きていたので、この考えが一つの思想だとわかって「あまたの考えの一つでしかないのか」と整理することができました。

例えば「ピーマンは苦いから食べるべきでない」という考えが、誰しもが感じる絶対的な思想だと思っていました。

それに絶望だけではない世界だと感じています。日本は実質ここ数年経済成長をしていません。一方で、副業としてビジネスを起こす人は増えました。個々人の金融リテラシーも上がっています。

また、人口もこのまま減り続けることはないと考えています。戦時中に子どもが増えたように、ある時期を境に子孫を残さなくてはという想いが強くなると考えます。

まだ見ぬ子どもに「人生は素晴らしいじゃないか」と諭されるかもわかりませんし(笑)

子どもを抱いた私の写真を見た、夫の反応

全く子どもを産むことを考えていなかった状態から少し傾いたのは、一年前、友人の赤ちゃんに会いに行ったことから始まります。

そのときに友人は赤ちゃんを抱いた私の姿を写真に撮ってくれていました。

帰宅してから友だちからその写真を受け取り、夫に見せたところ「じーんときた」と言われました。

その一言に、私はハッとさせられました。

この人と一生を歩むと決めたのに、自分は自分のことしか考えていないで。それから徐々に子どもについて考えるようになりました。

夫の子どもを見てみたいという欲

それから幼い頃の夫のことを考えるようになりました。

もし子どもが生まれたら、幼かったころの夫がイメージできるのかなと。

自分の遺伝子はどうでもいいけれど、夫の子どもは見てみたいと思うようになりました。

今世の課題と来世

今世や来世などと、仮想的なお話をするようですが、この考えは小説「月の満ち欠け」を読んでから生まれるようになります。

この小説のあらすじは、ある前世の記憶を持った少女が、とある人物を求めて探し回るというお話です。核心に触れるとネタバレになってしまいますのでこのくらいのぼんやりした説明にとどめておきます。

さて、その中に「人間には2種類いる」という話が出てきます。1つは「子孫を残していく人」もう1つは「自分自身が人間として生まれ変わる人」。この考えを聞いて、来世は今のところ人間としては生まれたくない身として、夫と今世限りなのだとしたら、子どもを産まなくて後悔しないかが断言できなくなりました。

また、人として生まれてきて、今世の課題があったときに、子どもを産まないことは課題を避けているような気がしました。これは第六感なので人によっては感じ方が違うと思います。

梨泰院雑踏事故

梨泰院の雑踏事故のニュースは衝撃的でした。

ネットのネイティブ世代が事故現場に多かったこともあり、事故の映像はSNSを通して瞬く間に広がりました。閲覧注意の動画がそこら中にある状態でした。

その動画を見たときに、死をものすごく身近に感じました。同世代の犠牲者が多かったからでしょう。

後日、夫を亡くした妻子のインタビューが掲載されていました。それを見たときに、「もし夫に何かあったときに一人では耐えられない」と感じました。

それは同時に自分にも当てはまるのではないかと。私の方が体が弱いのでもし自分が先に……となった場合、夫は一人で生きていけるのか心配になりました。

自分の老化

少しずつ衰えを感じるようになりました。体力的にはそこまででもありませんが、頭はどうしても衰えているように感じます。

そうなると、歳をとっても最適な判断をし続けることができるのか疑問がわいてきました。

子どもに頼りきりになるのは避けたいですが、流行りを教えてもらうなど、考えを聞いてもいいのかなと感じます。

産んだ人、産まなかった人の書籍

ここ数年、子どもを産んだ人、産まなかった人の書籍を読んでいました。

読んでみた結果として、産んでみてもいいのかなと感じるようになりました。

兄弟を育てた経験の有無

私と妹はだいぶ歳が離れているため、私は妹の生まれたときから知っています。

つまりなんとなく、妹を通じて子どもを育てた気になっていました。しかし、夫は双子であったため、そのような経験がありません。子育ての経験をしてみたいと感じるのは普通の感情に思いました。

親の話をする人間より子の話をする人間

最後に、これは私が今まで見てきたかっこいい女性像になってしまうのですが「親の話をする人間より、子の話をする人間」になりたいと感じています。

なぜなら今まで会ってきた年上女性の中で、「かっこいいな。こうなりたいな」と思った女性は子どもの話をしていたからです。

同様に自分のことについて悩むのももうやめたい。そうなったときに子どもが欲しいと感じました。

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選んだ道を正しくするしかない

消え去りはしない反出生主義

正直今でもメンタルが落ち込むと「子をこんな世の中に送り出していいのか」と考えることはあります。もちろん未だに自分が消えたいと思うことがあります。けれど選んだ道を正しくするしかありません。

まとめ

以上が子どもを産むことを考え始めた理由でした。

「どうして産んだんだ」ってもし将来子どもから詰め寄られたときにはぐらかすような親にはなりたくない、そう思っていたので、これだけ理由があれば詰め寄られても返答できると確信しました。

その確信こそが一番の子どもを産むことを考え始めた理由なのかもしれません。

結局子どもを産むのは親のエゴです。でもたくさん愛します。

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